2025年1月にドナルド・トランプ米大統領の2期目が正式に始動したことで、米国の貿易政策に大きな転換が予想されています。特に、貿易赤字の削減を目的とした関税の引き上げや輸入規制が焦点となっています。アジア太平洋(APAC)地域はこれに大きく影響を受けるとみられており、とくに中国のような米国への主要輸出国は影響を免れません。こうした課題に直面しながらも、APAC諸国は域内貿易の強化、外国直接投資(FDI)の再構築、代替となる貿易・投資拠点の開拓を通じて、新たな貿易の潮流に適応しようとしています。
サプライチェーン再編が、インフラ投資の需要を地域全体で拡大
新政権による対中関税の引き上げを受け、多くの企業はサプライチェーンを中国から他のAPAC諸国へと移す動きを継続し、それに伴い地域内の市場インフラへの投資が加速すると見込まれます。現地企業の関与に加え、中国企業もまた、自国の事業継続のため、ベトナム、インドネシア、タイ、マレーシア、ミャンマーなどAPAC諸国への生産・流通・インフラ施設への投資を進めています。
こうした動きは実は新しいものではなく、世界的なパンデミック後にすでに一部始まっていました。たとえば、中国からベトナムへの投資は2023年に80%増加し、ハノイなどの都市は投資のホットスポットとなっています。今回の米国の政策変更は、米国の関税を回避するだけでなく、グローバル市場へのアクセスを確保する目的からも、こうした投資の加速要因となるでしょう。
FDIの具体的なデータを見ても、サプライチェーン多様化の動きは明らかです。2023年に中国が受け入れたFDIは1,607億ドル(fixed exchange rate:インフレを除いた実質値)で、前年より9.2%減少。一方、ベトナムとシンガポールのFDI流入は2022〜2023年でそれぞれ5.7%、10.2%の成長を記録し、今後もさらなる増加が見込まれています。労働力の豊富さや生産性の向上、ビジネス・貿易環境の整備などが、シンガポールやベトナムを中国の代替として魅力あるFDIの受け入れ先として際立たせています。
増加する投資を活用し、ベトナム政府は2025年に実質GDP成長率8%を目指しています。とはいえ、ベトナムは対米貿易黒字が大きいため、上のチャートからも分かる通り、米国の政策変更には依然として脆弱です。こうした背景から、ベトナムは貿易の多角化や対米輸入の促進などを進め、対米関係のバランスをとる方針です。
2024年、ベトナムの対米貿易黒字は1,210億ドルで、2019年の540億ドルから大幅に拡大
Source: Euromonitor International
ベトナムは、綿花、大豆、ナッツ類など米国の農産物輸入を増やす方針です。また、エネルギー源の多様化を図るため、米国から液化天然ガス(LNG)の輸入にも注力しています。
貿易の多角化がリスク軽減と持続的成長のカギに
ベトナム以外にも、APAC諸国の多くは、グローバル市場の不確実性に対応するため、ヨーロッパ、アフリカ、インド亜大陸、中南米といった新たな市場を積極的に開拓し、特定市場への依存を減らすとともに、外的ショックへの耐性を高めようとしています。
2014〜2024年で、EUによるASEAN諸国からの輸入は米ドル換算で55.7%増加し、1,580億ドルに達して過去最高を記録
Source: Euromonitor International
たとえばオーストラリアは、インドとの経済協力を通じて市場アクセスを拡大しています。人口増加や製造業の発展、都市化と経済成長を背景に、インドとの連携が深化。オーストラリア・インド間の経済協力・貿易協定(ECTA)により、インド向けオーストラリア産品の85%以上が無関税となり、2026年1月には90%に達する予定です。農産品の一部でも関税が引き下げられました。さらに、インドからの輸入品の96%が無関税となり、これも2026年1月までに100%へと拡大されます。
この協定はオーストラリアの経済見通しにも好影響を与えており、現在インドはオーストラリアのサービス輸出先として上位に位置しています。ECTAにより、オーストラリアの輸出企業はインドの85以上のサービス分野に対して全面的または部分的な市場アクセスを獲得しました。教育、ビジネスサービス、研究開発、金融サービス、医療、観光といった分野では、市場参入の機会が大きく拡大しています。
市場の先見性を活かし、APAC地域の成長機会を捉える
APAC地域は今後、困難と機会が混在する展開を迎えるとみられます。関税引き上げや保護主義の強化など、世界的な貿易摩擦の激化は、貿易依存度の高い同地域の成長見通しに影響を与える可能性があります。一方で、東南アジアのベトナムやシンガポールなどは、中国からの投資シフトやサプライチェーンの再編の恩恵を受け、より多くのFDIを呼び込むと見られています。
貿易や生産構造の変化に加え、同地域では人口動態の変化や需要の高まりも成長要因となっており、B2B・B2Cいずれのビジネスにも大きなチャンスが広がっています。企業にとっては、リスク管理と新たなビジネス機会の両立が重要であり、変化を見越した市場インサイトと情報収集能力を高めることで、競争優位を確保し、持続的な成長を実現する必要があります。
詳しくは関連記事「Trump’s Renewed Presidency: Effects on Economy, Inflation, Trade and Emerging Markets(トランプ再選の影響:経済・インフレ・貿易・新興市場の行方)」およびレポート「Navigating New Trade Landscape: The Impact of US Trade Tariffs on Key Industries(新たな貿易環境の読み解き:米国の関税政策が主要産業に与える影響)」を合わせてご参照ください。